【新釈】走れメロス 他四篇

新釈 走れメロス 他四篇

新釈 走れメロス 他四篇

桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫) [ 坂口安吾 ]
富嶽百景・走れメロス 他八篇 (岩波文庫)
地獄変・邪宗門・好色・薮の中 他七篇 (岩波文庫)
山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)





近代文学のリミックスというのは作者のレトロな文体を鑑みるだにごくまっとうな、ケレンのない企画だと思う。青空文庫にお世話になって原典と交互に読みました。

山月記

青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card624.html
斉藤秀太郎という登場人物に興味が持てなかったので、私にとってはセッティングのための序章と言うところ。山月記って「中二病」の一言で片づけられる話で、その誰にとってもアイタタなところが広く長く愛される理由だろうけど、逆に普遍性がありすぎて、リミックスはしづらいんじゃなかろうか。どう料理しても原典から一歩も踏み出せなさそう。となればキャラクターでアレンジするしかないのは必定で、斉藤萌えな人には絶対面白いはず。

藪の中

青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card179.html
名前が登場しないけど、この映画サークルは「みそぎ」だよね。藪の中で、殺された夫にフィーチャーするって不思議な読み方だと思う。しかしその鵜山という人物の造形が素晴らしいので良し!

走れメロス

青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1567.html
ぶははは。バカだ。くだらねー(ほめ言葉)。原典ではメロスが清廉潔白な人物であるだけに、テーマが友情と言うよりは正義にも見える。その点、森見版は正義を廃しているだけに、純粋な友情物語に仕上がっている!ウソだけど。原典は最後の一文が最高なんだけど、これをうまく使っていてステキ。「藪の中」の鵜山が自虐的なネズミ男だとすれば、芽野は傍若無人ネズミ男。この系統気になる。政治力のあるネズミ男「四畳半神話体系」の小津とか。もっとふくらませて欲しい。この一篇だけ斉藤が出ていないような気がする。

桜の森の満開の下*1

青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42618.html
えらくオーソドックスなラブストーリーになってしまった。原典は無意味に死体がごろごろするのがいいんで、そのインパクトを超えるのはなかなか…難しいのでは。同じ話しか書けないと悩む作家の姿に森見自身の心を見るむきもあろう。あたしゃどうでもいいが。今回女性の登場人物はすべて悪なんだね。
舞台が哲学の道であることには必然性があると思う。ここはほとんど染井吉野なんですよね?原典の桜も明らかに染井吉野だと思う。白い花びらという記述があるし、坂口安吾染井吉野の原産地のすぐ近く、東洋大出身だし。舞台は鈴鹿なので微妙だが、染井吉野でなければこの話成り立たないと思うのだ。京阪の他の場所の桜は健全な感じがする。まず種類が多くてにぎやかだ。色もショッキングピンクであっけらかんとしている。あと葉っぱと一緒に咲く種類が多い。奇形っぽさがないのだ。全然怖くない。造幣局の通り抜けで「桜吹雪で変な気持ちになる」なんて口走ったら「ラブホ行こうよ」という意味にしかとられない。やっぱり怖いのは染井吉野だけの森だ。

百物語

青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card676.html
これは原典を初めて読みました。飾磨屋の気味悪さよりも冒頭の「蔀君」に対する論評にどん引き。周りの人の悪口はこのころの文学にはよく出てくるけど、これは愛がない。明治の文豪は偽悪的というか、悪ぶってる好漢が多いけど、どうも森鴎外は自分をいい人だと勘違いしているヤなやつという印象だ。と言うわけで、原典では変なところで引っかかってしまったので読みこめなかった小説の骨子は、むしろ森見版のほうでよく理解できた。見せ物に招待されたはずなのに「意図の分からない、いつ始まるとも分からない会合を所在なげに待つ人々」という演目の役者にされる人々、ホストの振りをして唯一の観客に収まる悪魔的人物、趣向に興味がないだけに主人を観察できる「生まれついての傍観者」たる作者の分身。勢揃いの場にもなっており、京大に対する作者のスタンスも描かれていて効果的な最終章。この人は短編連作のラストがうまいよねえ。

さて、作者のブログhttp://d.hatena.ne.jp/Tomio/20070417によると、次作は

 森見登美彦氏が書いているものは腐れ大学生のお話でもなく、かといって可愛い女の子が活躍するようなお話でもない。

 たいへん毛深い連中がうごうごするお話である。

ということである。毛深い! もしやもしやももももちぐま…(失神) いやまて、おちつけおちつけ。もちぐまに毛は生えていない。まだ断定は禁物だ。
まあ今後10年腐れ大学生の話を書いてくれてても構わないんですけども。

*1:案の定日本語変換ソフトに注意されましたよ?<<「の」の連続>>だそうです。坂口安吾のタイトルに文句つけるとはAtokもご立派ですな。