貴志祐介『新世界より』2 主人公の造形

新世界より (上)

新世界より (上)

新世界より (下)

新世界より (下)

この作品、とにかく主人公早季が一貫して冷徹な体制側だと言うのがもう一つの特徴。
早季という人物、PK能力体力知力、突出するものは何もないのだが、唯一際だっているのが命根性の汚さ。とにかく次々に早季を守るために他の登場人物が犠牲になる。なにしろはしょって言えばこんな話だ。

次からは激烈なネタバレになります。

瞬「ボクはここで死ぬけど、君は生きろ」 早季「うん」
真理亜・守「私たちは死地に赴くけど、あなたは帰って」 早季「うん」
岡野「敵は私がここで食い止めます!あなたは行ってください!」 早季「うん」
乾 「敵は私がここで食い止めます!あなたは行ってください!」 早季「うん」
奇狼丸「あなたは我々の命には全く興味がないみたいですけど」 早季「……」(スルー。会話になってない)
早季「真理亜の子どもを殺す方法考えついた! あんた自爆して」奇狼丸「……名案ですな」

たまたまとか作劇上の都合などではなく、作品中でも再三主人公は「強い人」と評されている。さらにこの点を評価され、早いうちに次期支配者として任命されてもいる。その「強さ」とは結局汚さではないのかと、主人公自身、子どものうちはちょっと悩んだりもしているのだが、大人になってからはいい感じに忘れている。最終的に管理側で権力を実際に行使する立場になって小説は終わる。

この設定で古典SFなら、主人公はスクィーラ=野狐丸か真理亜になるだろう。早季はラスボスというか、クライマックスで主人公側に殺される役になるはず。しかし今それをやったらベタすぎるというか、中二病というか、鼻白むものを読者も感じるだろうなあ。世界の秘密を知っても、社会のために次々仲間が犠牲になっても体制の維持に勤める、こういうキャラクターが視点人物である事で、この作品はきわめて現代的な物になっている。逆に、革命者側、虐げられる側への共感が許されない「イマドキ」を皮肉っているとも言えるかも。